「お客様が申されました」
ベータテスト中、ある店舗オーナーから指摘を受けました。「この敬語、おかしくないですか?」
私たちのAIが生成した文章でした。文法的には問題ない。丁寧でもある。でも、日本人なら誰でも違和感を覚える——「申す」は謙譲語で、自分の行動に使う言葉。お客様の行動に使うのは明らかな間違いです。
これが、私たちの敬語との戦いの始まりでした。
世界一複雑な「丁寧さ」
日本語の敬語は、単なる丁寧表現ではありません。尊敬語、謙譲語、丁寧語——さらにその中にも細かなレベルが存在します。「です」と「でございます」の違い。「お越しになる」と「いらっしゃる」のニュアンス。
そして最も難しいのは、これらが「状況」によって変わることです。
初めてのお客様には最大限の敬意を。常連さんには親しみを込めた敬語を。ビジネス利用なら格式高く、デート利用なら温かみを——同じ人に対しても、シーンによって最適な敬語レベルは変わります。
最先端AIの限界
私たちは最初、GPT-4をそのまま使えばいいと考えていました。世界最高峰の言語モデルなら、敬語くらい完璧に扱えるだろうと。
現実は違いました。
二重敬語(「ご予約をお承りいたします」)、謙譲語と尊敬語の混同、そして文脈を無視した不自然な敬語レベル——テストすればするほど、問題が見つかりました。
なぜか?敬語の正しさは、文法だけでは判断できないからです。話者と聞き手の関係、場の雰囲気、過去の会話履歴——すべてを考慮して初めて「自然な敬語」が成立します。
人間の感覚を教える
私たちは100人の日本語ネイティブスピーカーに協力を依頼しました。
毎週、AIが生成した数百の応答文を評価してもらいます。「自然ですか?」「この場面で適切ですか?」「不快感はありますか?」——数値化できない感覚を、地道に数値化していきました。
そして、一つの発見がありました。評価者全員が「自然」と感じる敬語には、共通点があったのです。それは「適度な距離感」でした。
丁寧すぎず、カジュアルすぎない。相手を尊重しながらも、温かみがある。この絶妙なバランスを、私たちは3層のモデルに落とし込みました。
今、そしてこれから
現在、私たちのAIは自然さスコア4.2、適切さスコア4.5を達成しています(5点満点)。まだ完璧ではありません。
でも、あの日オーナーから指摘を受けた「申されました」のような明らかな間違いは、もう起きません。そして何より、お客様との会話で「違和感を感じた」という報告は、ほぼゼロになりました。
言葉は文化です。敬語は、日本の心です。その奥深さを、AIはまだ学び続けています。